“書道塾”会津研修旅行(総集編)

2006.9.10

 藤井書道塾東松山分校が発足してから2年4ヶ月となり、今年も塾員同士の親睦と結束を図るための研修旅行を行うこととなり、各界で活躍している塾員が多いので日程調整が大変だったが今年の行き先は「会津方面」という発表があり、9月初めの土日で挙行された。

ライン下りの船上
   

 総勢15名の団体を一糸乱れずに統率する幹事長の役割は大変なものだが、幸いにもこの塾には適任者がいて、行程表・3台の車の配車表・部屋割までJTBを思わせるほどの手際の良さには感心する。各塾員の性格、食い物の好き嫌い、タバコ吸いか否かまで気を使って配車をする所などは一級品である・・・。
今年の研修の目玉は、野口英世記念館で博士の書いた『忍耐の書』の揮毫を見ること。二つ目は町おこしの観点から“大内宿”、蔵のまち“喜多方”の視察であり、おまけは3人の痛風患者のために効くとされる芦ノ牧温泉の“湯治”であった。

 プロの運転による3台の車は東北道を順調に飛ばし、今市ICから鬼怒川温泉に入る。鬼怒川といえば日光とセットで東武鉄道のドル箱観光地として一時代を築いたが、今では数多く建てられた一昔前の大ホテルが軒並み倒産して閑古鳥が鳴いている。余りにも団体ツアーを当てにしたのが祟り、時代の流れから取り残されたのである。ここで“鬼怒川ライン下り”の船に乗ったのだが、その船頭の客を飽きさせない話術は絶妙であり、我々一同すっかり楽しい旅行気分にさせられた。「企業は人なり」と言うが、まだ30代の若さでこれだけサービス精神に溢れているのには大変感心した。読者の皆様にも是非一度、乗船することをお勧めしたい・・・。

  鬼怒川駅前の蕎麦屋で楽しい昼食をビールも交えて済ませて、顔は真っ赤、口はさらに滑らかの委員長が今度は船頭に代わり講釈をしながら“大内宿”へと向かう。3人の運転手には大変申し訳ないが、早めに宿へ着いて好きなだけ飲んでもらいたいと言う気持ちで一杯であった。それにしても先導車はスピードを出すので、“早く飲みたい!”と言う気持ちは分かったが、焦って事故でも起きないように、と祈りたくなるような運転に感じたのは私だけではなかったようである・・・。

 大内宿の江戸時代から続く茅葺屋根の落ち着いた宿場の佇まいに心を洗われた後、本日宿泊の芦ノ牧温泉に到着する。時刻は既に予定の5時を過ぎていたが、運転手の3人には特に念入りに温泉で疲れを癒してもらい、無事の到着を祝した宴会で大いに飲んでもらわなければならない。
やがて代行の司会で宴会が始まる。事務長に昇格した用務員が開会の辞、学級委員長挨拶、先生挨拶、幹事長の乾杯へと続く・・・。

  そして、和やかに飲み始めて唄が出始めたまでは私の記憶にあったのだが、気がついてみると知らぬ間に、ひょっとこの面をつけて踊っている者が居た。どうも足取りが女性のようだったのでよく見ると何と60半ば過ぎの仲居のおばちゃんではないか!私も多くの宴会を経験しているが仲居さんがここまでの“おもてなし”をしてくれる温泉場は初めてである。幾つかのお面を取り替えては踊ってくれるので、乗りのいい代行が一緒に踊り出し、場は大いに盛り上がることとなった。そのうち美人女将が挨拶に来て、坂戸に妹が居るとかで話が弾むと、今度は運転疲れのはずの幹事長が我先にと彼女とデュエットを始める・・・。

  こうして全員が歌や踊りで楽しむうちに、遂に塾長先生も本領が出たのか、サラリーマン時代に身につけたという“隠し芸”を披露し始めたので誰もが一瞬目を白黒させたが、座は大いに盛り上がり、それはそれは皆が腹の底から笑うという誠に楽しい芦ノ牧温泉の夜となったのであった。
どんな芸かは目の当たりにした塾員のみぞ知るである!?・・・。

駅前で
大内宿の蕎麦屋
仲居のもてなし
大笑い
踊り手
喜多方の蔵馬車
野口英世の生家前で