| そんな上級者向きの山に何故、急に登りたくなったのか?普段、運動不足で車にばかり乗っているなまくらな体の55歳過ぎの中年オジサンの4人隊が果たして無事に登れるのか?
廻りの多くの心配をよそに、まるで40年前の高校1年生時代に戻ったかのようにザックや登山靴など一式の装備を揃える準備が又若さを取り戻すかのように楽しいものとなった。
今の時代、中高年の登山ブームだというが、その世の流れに身を置いてみないと、時代感覚を肌で感じることが出来ないからという気障な理由からではなく、“今、この年で挑戦しないともう一生雲取山へは行けないだろうな!”という切羽詰った思いにかられたからである。この私の思いに40年前に一緒に登った同級生3人が同調してくれたことが登山隊の結成となった。
東松山で前日、名物の焼き鳥を食べてスタミナをつけ、登山隊の結団式を行い意志の疎通を諮り、翌朝5時に出発して奥秩父の三峰山まで車を飛ばし、三峰神社を横目に見ながら7時40分に登山者名簿に記帳して晴れやかに出発!予定としては午後3時に雲取山荘に到着してビールで乾杯のはずであった・・・。
歩き出して30分もすると息が苦しくなり休む。そこで、ザックを降ろさずに立ったまま休憩をし、又少しずつ歩き出せば良かったのだが、ハアハア、息が切れて休む度にザックを放り出してしまうものだから、時間がかかる。
しかし、途中の要所で見晴らしが良く、景色が最高なので登りの苦しさが救われるのがこの三峰コースの醍醐味である。正に奥秩父の原生林の素晴らしさを十分に堪能出来たのであった。
このコースの見所は、1,500mの秩父宮両殿下のレリーフが大きな岩に刻まれている霧藻ヶ峰ときつい登りの前白岩山と白岩山。二つの山の間にある白岩小屋から10分ほど下った所にある“水場”は40年前と同じで手を付けていられないほどの冷たい湧き水であり、この水だけは自力で登った者だけに与えられる「大自然の贈り物」である。そして、この白岩山で休憩の時に野生の鹿が6頭出没して我々のすぐ近くまで来て、あたかも食べ物をねだるような仕草をしたのには驚いたものである。40年前では想像も出来ないことであった。
この地点まで来ればゴールの雲取山荘はもうすぐ近いと昔の経験が覚えていたのだが、その覚えも40年の風化で衰えてしまっていたのか、“芋の木ドッケ”からの山道は正に奥秩父の原生林らしく崖沿いの急勾配に沿って造られていて運動不足の私にはとても怖いルートで、歩きながら『これはとても明日の帰り道はこの道をまた引き返す自信はないな。よし!明日は仲間が何と言おうと楽な奥多摩コースを選択するぞ!』と一人で密かに考えながら歩いていた。
しかし、この地点から“大ダワ”までは深山の冷気が吹き上がってきて、それこそ都会の部屋の中での人工冷房などではとても味わうことは出来ない。この素晴らしい体験が登山者をしてまた山へ誘うのであろう、とつくづく感じた。
山荘への最後の登りを征服して、到着したのは午後5時を過ぎていた。山荘主人の新井信太郎さんが出迎えてくれ、400人が収容出来るという立派な2階建てログハウスに新装成った山小屋でのビールの乾杯は本当に旨くて最高の味であった。
通常は5〜6時間で行ける登山であるが、9時間余りかけてゆっくり、のんびり、数多くの素晴らしい景色を写真に収めながらの第一日目の登山であった。
明日はいよいよ40年ぶりで雲取山の山頂に辿り着く予定である・・・。
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