| これもおかしな縁で人とのつながりからご指名を受け、引っ込みがつかない状況にさせられてその世界に足を突っ込むこととなった訳である。どこかの世界と一緒だと良く言われる所以である。
しかし、人生はそういう“お声がかり”が無くなった時はお終いで寂しいものだと思うので、出来るだけ先輩知人からのお誘いには身を乗り出そうと思っている・・・。
大妻嵐山との縁はこうして良き先輩からの“お声がかり”のお陰で自分の人脈を広げることが出来た。そんな中で当時お世話になった校長さんが安西先生である。
長女で初めての高校受験であり、それも長女にはこの学校しか合わないだろうという事で何としても入学を念願していたので、入れた時には本当に家族一同が大喜びをしたものだった。だから、大妻嵐山という学校が神々しくも見え、ましてや校長先生などは自分からは遠い存在だったので余計に当時の印象が強いのである。その頃の自分は44歳で頭も黒々としてふさふさしており、眉毛も濃く、腹も締まっていて人生でも油の乗った“いい時”でもあった。
校長先生は単身赴任で当地におり、ある時、私の大妻との仲人役である先輩に誘われるままにあるスナックに行くと、何とそこが校長先生の行きつけの店で、日頃の疲れを癒しに良く通っていると聞き、その日以来、すっかり校長先生を身近に感じることが出来るようになったのである。人間関係の要諦を知らされた事件となった。お付き合いをしてみると、本当に気さくで優しく人間味のあるお人柄で、私もすっかり打ち解けて話が出来るようになった。
そしてある時、『先生、書を書かれているとお聞きしておりますが,よろしければ記念に一枚戴けませんでしょうか?』とお願いしたことがあった。その後、稲城市のご自宅にお寄りすることがあった時に額入りの書をご贈呈戴いたのである。それが写真の一枚である。
そして又、つい最近なのだが、サミエル・ウルマンの詩『青春とは』の書を突如、郵送して戴いたので早速、表装して額に入れて飾らせてもらったのがもう一枚である。
こんなことはめったに無いことであり、私は本当に嬉しかった。
大妻嵐山を退職後は、地元で高齢者の書道教室と腕前五段の弓道を楽しみながら、教育界のご意見番としてもご活躍ということで、まさに“人生の達人”の境地に近づきつつある安西先生を近いうちにこちらへお招きして、行きつけだったスナックにご招待しなければならないと思っている。
あれから10年の歳月があっという間に流れたのだなあ〜と感慨に浸っている蒸し暑い昨今である・・・。
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