やはり運動よりも生徒会活動に熱心で、何となく理屈っぽい雰囲気を持ち、自分などはとてもレベルが合わないので近寄り難く、軽く挨拶をする程度で余り話したことも無かった。
そして早稲田大学へ進み、多くの蒼々たる政治家を輩出しているかの有名な“雄弁会”で活躍し、後にその人脈が彼の政治的な人生を送る上での財産となったのではないかと推測できる。
彼ほど世の時流を見る目の的確さと鋭さを持っている人物は少なくともこの比企にはいなかったのではないかと思うと誠に早世が惜しまれるのである・・・。
時代の寵児として日本の政界に一大旋風を巻き起こした地元出身の山口敏夫代議士の秘書となってから政界に深入りし、東松山市議会議員を経て、病の中で埼玉県議会議員選挙に立候補したのだが投票日に自分の名前を書くこともなく、その1ヵ月後の5月9日に他界した。
私は11年を経過した今こそ言うのだが、小林茂雄は政治家としてよりも持ち前の旺盛な博識を活かした知識人として大所高所から政治の現場に立つ人々に国家と地方の在り方を説くグローバルな政治思想家にとどまるべきであったと思う。
生臭い政治の世界に入ることだけが地域の指導者ではなく、ともすると政治家を悪くする“選挙”に左右されることなく正論を吐ける人物がいないと世の中は行先を誤ってしまう。正に彼はその役割を担うには最適の知識人であり、貴重な論客として存在していて欲しかったというのが私の率直な思いである。
今年の春蘭忌の記念講演は早稲田雄弁会同期の小柳津敏行氏(伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社法務部長)による英国滞在13年を踏まえての『帰国報告―外から見た日本社会と日本経済』の演題で非常に興味深い含蓄に富む内容であった。ことにやはり雄弁会同期の里見脩氏(元時事通信社政治部次長、秀明大学教授)とテレビ朝日の政治外交担当コメンテーターとして活躍中の川村晃司氏の3人による友情溢れる論争は『春蘭忌』でしか実現し得ない大変面白いものであった。
そして前NHKワシントン支局長の手嶋龍一氏からも電報が届き、雄志会会長としてここまで『春蘭忌』を育てて来た小林茂雄の無二の盟友である稲原都三男氏が充足感で感涙に咽んでいるような表情でその電文を紹介する姿を私はカメラにしっかりと捉えることが出来た。
毎年、著名なる文化人を講師に招いて9回も連続して開催している主催者の努力に対し深く敬意を表するとともに、この難しい時代に小林茂雄が生きていたならば一体どのような示唆に富む発言をするだろうか?と早稲田雄弁会出身の3人の親友が異口同音に語っていることが小林茂雄という人間の偉大さを物語っているのである・・・。
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