“長岡大花火”視察紀行〜その2

2005.8.17

見附駅前にある角屋旅館では前夜の長岡花火大会の余韻のせいなのか年のせいなのかは分からないが、早起きの塾員がいて庭の錦鯉が騒ぐ音にも負けずに起き出して、駅前まで散歩に行ったりする人もいたようで久しぶりの雑魚寝の部屋は青春時代の合宿のようで楽しかった・・・。

二階に寝た偉い方たちも降りてきて朝風呂の後、ビールを飲む人もいて朝食前のひとときは宴会のようであった。新潟にしては物足りない米飯で朝食の後、主のおばちゃんを囲んで記念撮影をして快晴の夏空を日本海に向けて出発した。

 
途中で“良寛記念館”(http://www8.ocn.ne.jp/~ryokan/に立ち寄る・・・。日本海に近い出雲崎という場所にあり、立派な記念館が出来ており、禅僧で詩人で書家であったということで書道塾の視察旅行ではどうしてもここに寄り良寛にあやかり書道の上達をすべし!という思い出作り名人の気配りに対して皆感動する。そして、塾長、幹事長、代行の三人が記念記帳を墨痕鮮やかにしたためたのには一同その上達ぶりに目を見張らされた。
この様な時に躊躇することなく筆を動かし思うがままに書くことを目指してこの書道塾が開講したのであるからして、三人による記帳はわが書道塾の存在を世に示したものとしていつまでも評価されることであろう・・・。

その後一行は日本海を眺めながら南下し、西山町の田中角栄元総理の実家を訪問する。

訪問といってもアポイントを取ったわけではなく、勝手に無人の家の門前に行き、傑出の宰相を偲びながら記念撮影を全員でしただけであったが、私は是非、一度訪れてみたかったので、角栄さんの生家を見た時には何とも言葉にしようのない感慨を覚えたものであった・・・。

あれだけの大人物の生まれた家にしては、想像してたよりも小さかったし、門の表札に田中直紀・真紀子と書かれていたのを見て時代の移り変わりをまざまざと感じさせられた・・・。

時あたかも小泉首相による戦後60年の総決算と言える古い自民党をぶっ壊し、小さな政府を目指すという歴史的な解散が行われ、政界が大きな節目を迎えた時であり、田中角栄という百年に一人の政治家を崇拝する者としてはこの小泉政局の行方を角さんの生家で興味津々と思いを巡らしたことが又記念すべき思い出としていつまでも自分史に残ることでありましょう・・・。
 
西山町に別れを告げ、空腹を訴え出した塾員のために幹事長車はあちこち動いた末に、とある蕎麦屋に立ち寄ることとなる。いかにも前に寄ったことがあるようだったが、初めてにしては小じんまりとしていて座敷も落ち着きがあり、蕎麦も旨かったので皆満足そうであった・・・。

その後、18号を妙高高原から野尻湖を経て、一気に信州中野から落ち着いた町並みとして有名になった小布施町を探索することとなる。

北斎館を見学し、小布施堂のしっとりとしたセンス溢れる喫茶室で名物の栗のデザートなどを食して、街おこしなどについて語り合う。この町は何度訪れても飽きない魅力があり、街おこしを標榜する連中にとっては格好の場所としてヒントが一杯の教材の町でもある・・・。

このようなことで今回の長岡大花火視察研修は一泊二日という短いものであったが、参加者にとっては非常に中身の濃い思い出深い視察旅行となった。

これも書道塾を通じて出来た人との出会いがあったればこそで、長岡に縁のある某塾生とこの企画の幹事長に感謝を申し上げたい。

良寛が八月に詠んだ、・・・《手拭で年をかくすや盆踊》・・・の一句をバカのひとつ覚えにしようと思っている・・・。
(終わり)
小布施町にて(小布施町役場HP http://www.town.obuse.nagano.jp/